麗澤瑞浪中学・高等学校

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VOICE

2019.06.24 先生の声

人生を切り開く力

英語科 安藤智子     vol.34

 麗澤瑞浪に来て早や20年。この瑞浪の片田舎で良くも悪くも受験一筋で過ごし、正真正銘の「世間知らず」になってしまった感がある。最近はさすがに引退後のことが気になり、大学の仲間や高校の同級生の集まりにもぼつぼつ顔を出してみる。まだ現役で頑張っている者、引退して趣味三昧の生活を送っている者、皆それぞれに活躍していて感心させられるが、会がお開きになる頃には、大抵「世間知らずな」自分を恥じる気持ちは消えている。それどころか、誰と比べても自分は得難い経験をしているとしみじみ感じることが多い。

 この20年、受験指導を通して、多くの若者が壁にぶつかり、悩み、苦しみ、その中から成長する姿をつぶさに見ることができた。5年担任をしていたある時は、「朝5時に起きて勉強したいのにどうしても起きることができない」と悩む寮生がいた。朝5時に起きて勉強と聞くと、どえらい頑張りに聞こえるかもしれないが、始業が比較的遅い麗澤瑞浪では特別なことではない。6年の夏にもなれば特進コースでは朝勉をしていない方が珍しいくらいだ。そうは言っても17歳の育ち盛り。早起きして勉強したいと頭で考えても、体の方は一分一秒でも寝ていたいから、毎朝が自分との苦しい闘いとなる。結局その生徒は奮闘の末に朝勉を毎日の習慣にすることができたのだが、果たして自分や自分の子供が17歳の頃にこんなことで真面目に悩んだであろうか。ここまで真剣に一日一日を過ごしていたであろうか。たかが朝勉、されど朝勉。親元を離れて必死に自律しようとするその姿には心を打つものがある。 受験で最も恐ろしいことは、死ぬほど努力しても合格の保証がないことである。休日、夏休み、正月、ゲーム、漫画、スマホ、男女交際、やりたいことを全て返上して頑張っても、非情な運命が待っているということが多々ある。ひたすら精進して勉強した生徒が落ちてしまった時に担任としてできることは、君は本当に頑張ったと、悲痛な声を絞り出すことだけだ。件の5時起きの生徒も残念ながら第一志望には合格できず、第二志望の大学に行くことになった。しかし、不思議なことに、そのように突きぬけて頑張った生徒こそ、暫くすると不死鳥のように蘇り、たとえその環境が自分の望んだものではないとしても、その場所で最善を尽くそうとする。総じて皆、その後の成績もよく、最終的には自分の夢を実現することが多い。彼らは、挫折は人生の糧になる、ということを身を持って示してくれる。 普通の高校生をここまで人間的に成長させるものは一体何なのか。図らずも今年、その答えの一端を得たのでここに紹介したい。  

 その生徒-A君(寮生)-は、進学コースから変更試験を受けて特進コースに移り、その後も猛勉強をして見事センターで高得点を取り、推薦で難関大に合格した。この間の不断の努力は本当に頭が下がるものだった。A君は生来大人しい性格で、面接があるなら絶対に推薦入試なんか受けたくない、と言い張ったのを、何とか説得して出願させた経緯がある。そんな訳で面接の練習も思うように進まない。うまくしゃべれないとA君はますます意固地になり、こちらとしては虐待しているような気分になる。そんな行き詰った状況の中で、「あなたが麗澤で学んだことは何ですか」という質問をしたとき、彼は途切れ途切れに、しかしはっきりと、「自分で自分の人生を切り開く力」と答えた。決して狙ったものではないその言葉は、麗澤での彼の3年間そのものだった。私は危うく泣いてしまいそうになった。

 自分のライバルは自分。決して周りのクラスメートでも、同じ大学を目指す誰かでもない。寮生は自分の弱さ、理想と現実のギャップ、そうしたものと徹底的に向き合わねばならない環境の中で、自分なりの答えを出し進んで行く。少なくとも私の知っている寮生の多くがそうだった。そして、寮生と日々生活を共にする通学生にも寮生の考え方は大きく影響し、共に成長できていくのだと思う。ネルソンマンデラの27年にも及ぶ獄中生活を支えたInvictus という詩の最終行にI am the master of my fate: I am the captain of my soul(私がわが運命の支配者、私がわが魂の指揮官なのだ)という 名言がある。普通の人間が何十年かけても学べないこのことを、この麗澤瑞浪という環境が教えてくれるのである。

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